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【エッセイコンテスト受賞作品】ミライ部門:和田彩花賞―『境界線』

G’s10周年企画
こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。エッセイコンテスト
ミライ部門:和田彩花賞

審査員コメント

和田彩花さん

和田 彩花さん

丁寧に綴られた日本語誤用に関する問題提起が印象的でした。しなやかな強さのなかにある揺らぎがとても素敵な作品でもあると思いました。言葉のコンテストでもある場所で疑問を投げかけてくれてありがとうございます。1人でも多くの人にこのメッセージが届くといいなと思っています。

『境界線』法月 舞

伝わればそれでいい、という考えが得意でない。SNSを中心に、文字を書き込む際に音を伴わない言葉には、意味も使い方も正確性が求められなくなったように思う。かくいう私の日本語も、正しいだなんてとてもじゃないが言い切れない。違和感があるのに、語彙に乏しいおかげで正解に辿り着くことが億劫だと思ってしまうことはいくらでもある。
ビジネスで使用するような、堅苦しい日本語を使って生活したいわけではない。どちらかというと、曖昧でぼんやりとした日本語に浸っていたいと思い続けている。

日本語が好きだ。日本語特有の文法や意味は、複雑で、それでいて繊細だ。数百年前から、相手に想いを伝える言葉の手段で花や月に代弁してもらっていたのだから表現に富んだ言語であることは間違いない。
声よりも文字という選択肢を取ることが多いのは、今の学生だろう。Z世代といっても、その大半はα世代に近い。「気まづい」「気ずく」「~わ、」。これらに違和感を持つ若者は、確実に減少してきている。生きていく上での装飾品であったはずのSNSが、生きていく理由へと立場を覆し始めているからだろう。
伝われさえすればいい。極論ではあるが、間違ってはいないと思う。相手が自分と同じ認識を持っている言葉であれば、綴りも漢字もどうでもいいのかもしれない。そうして、言葉の認識の境界線がぼやけていって、数十年後には「気まずい」という言葉が商談のようなビジネスの場でのみ、使用されるような堅苦しいものになってしまうのだろうか。

伝わればそれでいいという考えを私一人でも止めたいと思う反面、受け入れることで「柔軟」という言葉を自身に当てはめてしまいたいとも思ってしまう。けれどどうしても、音が不必要なことで言葉の由来に目を向ける必要がなくなっていくというのは悲しいのだ。単純な文字の羅列では表現しにくかったからこそ、修飾する品詞が存在していて、僅かな違いに私たちは心を動かされてきたはずだ。「気まづい」という言葉も発信力のあるインフルエンサーが誤用すれば、それは誤用ではなくなる。「〇〇ちゃんが使っていた」「○○は間違っているなんて言ってなかった」。誤用であっても、過半数が納得しているのならそれは現代において正解で、重要視する必要すらないのだろう。正解があろうと、どうでもいい。そんな考えが、私は苦手である。
それでは、私が出来ることは何か。それは、注意でなく正用を続けることだ。堅苦しい言葉は二の次で、その幅を埋めるのならば曖昧で優しい言葉を。上記に挙げた一般常識にあたる言葉をただひたすら正用して、誰かの目に一瞬でも入ることを願う。人は案外単純な生き物で、対象物があれば無意識のうちに言動が変化する。日常的に正用されている言葉を頻繁に見ていたら、必然的に本人も正用する可能性が高くなるだろう。

誤用は一概に悪いわけではない。今の情報社会を生きなければならないのだから、必然的に情報と化した言葉は増えていく。新しい言葉が誕生したことで、既存の言葉は使用されにくくなり所謂「死語」になる。既存の言葉だけで説明しきれないとなれば、元ある部分を削り、新しい意味のある言葉を足していけば双方の意味を持った言葉が誕生する。いらない部分は削っていくことで相手に伝わりやすくなる。そうして言葉は、文字に書き起こされていく。
文字は言葉の媒体である。言ってしまえば、ひとつの手法にしか過ぎない。動画には確かに文字はあるけれど、声が先行するので誤字は気にならない。そうしていつの間にか、目にも入らなくなる。音を伴っていても、誤用は避けられない。
私がつくりたいのは、現存する日本語だ。けれど、誤用や誤字、慣用句や四字熟語を避けてしまうとこれはどうも脆くなってしまう。面倒でもある。けれど、この手間に助けられる日は必ずくる。
文字の境界線がぼやけていく今、私はその線を守っていく。

伝われさえすればいいという価値観を、壊す。あなたの表現の幅が無意識のうちに狭まってしまわないように。
遠い未来で、私たちが使用していた文字がとっつきにくいものにならないように。
使用していた言葉の存在が、なくなってしまわないように。

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