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こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。G’s卒業生が綴るエッセイ|坂尻 愛明さん

COLUMN

2025年秋に開催した、ジーズ10周年記念「こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。」エッセイコンテストに寄せられた、G’s卒業生が執筆したエッセイをご紹介します。


霧の中を、自分の足で

少年の僕は思っていた。
静かでいることこそ、褒められる理由になると。
待っていれば⼤⼈は「お利⼝さんだね」と僕の頭を撫でた。

少年の僕は信じていた。
真面目に勉強していれば、未来は約束されると。
満点を取れば⼤⼈は「よく頑張ったね」と僕を抱きしめた。

けれど、⼤⼈になった僕を待っていたのは残酷な現実だった。

静かであることは美徳ではなく “消極性” になった。
結局、会議では声の⼤きい⼈間が場を⽀配していた。

勉強しているだけでは何者にもなれなかった。
答えのない問いに挑む“勇気”こそが求められた。

僕が積み重ねてきた前提は、いとも簡単に崩れ落ちていった。

だから、僕は変わろうとした。

積極的になろうと、起業の道に⾶び込んだ。
プログラミングで実践的な学びを積み上げた。

そこからは、”しんどい” の連続だった。

逃げ出したいと叫ぶ⼼を押し殺してプレゼンをし続けた。
何もかもうまくいかず、深夜に散歩をしながら⼀⼈泣いた。

それでも前に進む努⼒を続けた。

やがて、少しずつ世界は広がった。

コードが形になり、仲間ができ、未来を描ける瞬間があった。
「⾃分も変われるのだ」と、ようやく信じかけた。

その確かさを揺さぶるように、⽣成AIの波が押し寄せた。
数時間かけて書いたコードを、AIは数秒で作り上げてしまった。

こうして、少しずつ積み重ねた⾜場も、またもや崩れ去った。

⽡礫の⼭の中で呆然と⽴ち尽くす僕を嘲笑う声が聞こえ、
そしてこう問うてくる。

「お前は誰だ」「お前はどこへ進むのか」と。

積み上げた努⼒が、また無⼒化されてしまう。
スキルも、役割も、そして僕⾃⾝の存在すらも。

せっかく⼿にした声を張り上げる勇気も、努⼒も、
すべて呑み込まれてしまう気がしてならなかった。

その葛藤の末に残ったもの。
それは、不安と迷い、そして裸の⾃分だけだった。

けれど、そこでようやく⾒えたものがある。
それは「僕の経験だけは消せない」ということだ。

知識もスキルも、AI は僕より速く正確に積み上げる。

でも、どの瞬間をどう解釈し、どんな物語に編み直すかは
僕にしかできない。

AI がどれほど地図を広げても、どの道を歩くかは⾃分で選ぶしかない。
更地になった世界で、信じられるのはその⾜跡だけだ。

その⾜跡は迷いながらでも進んだ証であり、
やがて⾃分だけの羅針盤になるのだ。

不安は消えない。けれど、その不安も含めて僕の物語だ。
迷いながら歩いた道のりこそ、誰かの希望になるかもしれない。

だからこそ、その歩き⽅を次の世代に⼿渡したい。

そのために僕が選んだ⽅法。それが教育だ。

思えば、僕の中の規範 ― “静かであれ” “勉強すれば報われる” ― は
教室で形づくられたものだ。

つまり、教育は未来をどう信じるかを決める⼟台になる。

もし教育が変わらなければ、僕と同じ痛みを次の世代に⼿渡すことになる。

それを変えるため、僕は教育と向き合う。

机にかじりつく教育ではなく、
遊びの中から “なぜ?” を⾒つける教育を。

声の⼤きさで勝負するのではなく、
⾃分の⾳を奏でられる教育を。

同じ靴を履かせるのではなく、
泥だらけでも⾃分の⾜で歩ける教育を。

未来は、誰も正解を知らない。
霧の中を歩くように、遠くまで⾒通すことなんてできない。

だからこそ、⾃分で考えられるようにならなければならない。

遊びも、創造も、失敗も、すべてが⾃分の軸を形づくる。
多様な経験こそが、その⼈だけの歩き⽅を⽀えてくれる。

地図ではなく、羅針盤を持たせる教育。
それが、⽡礫の上で⾒つけた僕の答えだ。

僕は今⽇も、教室に⽴つ。

⼦どもたちが、正解のない時代に怯えなくていいように。
霧の中でも、堂々と⾃分の⾜で歩けるように。

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