こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。G’s卒業生が綴るエッセイ|那珂 慎二さん
2025年秋に開催した、ジーズ10周年記念「こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。」エッセイコンテストに寄せられた、G’s卒業生が執筆したエッセイをご紹介します。
『フラッシュバック』を
『ブラッシュアップ』に
― 劣等感の塊だった私が
「世界を変える」と言えるまで
2021年11月。G’s入学式の会場。
「上場企業の管理職です」「弁護士をしています」「ベンチャー経営者です」
会場に響く、華々しい肩書き。一人、また一人と自己紹介が続く。
「えっと……」
自分の番が回ってきたが、なかなか言葉が出ない。語れるような学歴も、誇れるような経験も、何もない30代後半の男。「なんで、こんな人がここに?」——そんな視線が向けられないか怯えていた。
なぜ、こんなにも劣等感に苛まれるのか。それは3歳の時に始まった。母親がとある宗教にのめり込み、厳しい戒律のもと宗教2世として育った私は、幼稚園にも通えず、大学進学も諦めさせられた。宗教から抜け出すことは許されない。交友が許されるのは信者間だけ。まるで透明な壁に囲まれた檻に閉じ込められているかのようだった。
しかし26歳で破門・家族と絶縁。私は孤立の痛みを、骨の髄まで知っていた。
自分の存在意義を見出すために何かできないか。
ふと思い出したのは、15歳の頃、独学で学んでいた手話。当時は単なる好奇心だった。しかし聴覚障害について調べる中で、ある言葉に魂が共鳴する。
「見えないことは人と物とを切り離す。しかし聞こえないことは人と人とを切り離す」
私と同じ孤立の痛みを、世界中の聴覚障害者が抱えている。何か彼らのためになれたら。そんな想いを胸に、G’sの門を叩く。こんな学びの機会は二度と来ない。私は拳を握りしめた。
平日は仕事を終えて帰宅後、翌朝4時まで学習。土日はそれぞれ15時間を割き、6ヶ月間、狂ったように学び続けた。
実現したいのは情報格差を無くすことでの聴覚障害者の孤立解消。サービスを作るだけでは実現不可能だ。私はプログラミングと平行して経営学や総合政策学も独学し始めた。
「できない」ことが「できる」ようになる。あらゆる可能性が自分自身の前に開けていった。
卒業制作では「オンデマンド手話通訳」を立案した。時間も場所も問わず、必要な時にすぐ手話通訳者を呼び出せる、日本初の個人向けプラットフォーム。
しかし業界には特殊な慣習があった。そこには既得権益や利権が複雑に作用する。
「手話通訳の商業化なんて」「福祉の世界に営利企業が入るべきではない」「前例がない」
反発は容易に予測できる。でも、この壁を乗り越えなければ、聴覚障害者の孤立の解消は実現しない。業界内の風潮や慣習を押し退け、社会全体を巻き込むには、誰もが理解しやすい事業を打ち出さねばいけない。
私は戦略を転換した。補聴グラス——会話をリアルタイムで手話通訳映像や字幕に変換し、ARグラスに投影する次世代デバイス。現行の補聴器は「音」の聞き取りはできるが、人の「声」は聞き取りが難しい。これは150年間解決されていない難題だ。
「音」は補聴器で、「声」はARグラスで『聴こう』。
これなら誰でも共感できる。
正面突破ではなく、新しい土俵を作る戦略だった。
風向きが変わったのは、総務省・厚労省のビジネスコンテストだ。受賞発表の瞬間、手が震え、過去の自分が静かに解き放たれていくのを感じた。
世界トップシェアの企業との協業。JETRO、NEDO、東京都や札幌市での採択。そして内閣総理大臣賞。気がつけば、国が認めるプロジェクトへと変貌していった。
「これは本質をついている。必要なサービスだ」
国内外の1000名を超える当事者にヒアリングとユーザーテストを行い続けた。体験中に涙した難聴の女性の姿は今でも目に焼き付いている。
そして2025年、ついにデフリンピック東京大会での展示が決定した。聴覚障害者オリンピックで、国内初開催かつ100周年記念大会である。私はG’s在学中からこの大会での展示を目指していた。世界中の聴覚障害者が補聴グラス体験に訪れる。10年後、このデバイスは全世界に普及していることだろう。
この道のりで学んだ私の信念——
根拠を示し、効果を伝えろ。
「常識」を「障壁」にせず、決して周囲に惑わされるな。
そしてとにかく自信を胸に世に送り出せ。
そのときそれが「常識」になる。
何度も挫折し、何度も立ち上がる中で見つけた真理だ。社会を変えるために必要なのは「それは無理だ」という声よりも自分の信念。完璧を求める恐怖よりも踏み出す勇気。
いまでも私はフラッシュバックに苦しまされ続けている。家族はいま何をしているのか。そもそも生きているかどうかも分からない。しかし、この「フラッシュバック」が起きるたび、それを原動力として自分自身を見つめ直し、社会全体を書き換える「ブラッシュアップ」に変えたのだ。
苦しむ自分自身を見続けるのか。同じ苦しみに苛まされる当事者たちの視点に立って社会を見つめるのか。その焦点を苦しみの先に合わせた時、あなたの痛みは、社会を変革する力に生まれ変わるかもしれない。
「無傷に深みは宿らない。その傷こそが未来を描く線である。」
物事の受け取り方を変える時、それは自分にとっての財産となるだろう。それをするかしないかは、あなた次第だ。
こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。
社会から孤立していた私は今、社会を変えるために、今日もまた新たな扉を叩き続ける。