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こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。G’s卒業生が綴るエッセイ|君和田 郁弥さん

COLUMN

2025年秋に開催した、ジーズ10周年記念「こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。」エッセイコンテストに寄せられた、G’s卒業生が執筆したエッセイをご紹介します。


31歳、評論家だった自分への「退職届」

「あの会社のCEOって、思想がないから面白くないよね」

深夜2時の三軒茶屋。社会人になって6年住んだ住み慣れた街の空気に甘え、偉そうにそんな言葉を放っていた。

何杯目かもわからない緑茶ハイが理性を濁らせ、口の滑りを良くしていたのだろう。

目の前にいる中学からの友人は、肯定も、否定もしない。

評論家としての言葉は、不思議と高揚感を与えてくれる。それは、自分自身の空虚さを一時的に埋めるにはとても都合の良いものだった。

帰り道のタクシー。揺れに身を任せていると、ふと、今日放った言葉が頭をよぎる。

何を偉そうに語っていたんだろう──。つい飲みすぎた帰り道に、時々調子に乗って自分が話した言葉に自己嫌悪に陥ることは珍しくない。だが、その日の夜は、少し重症に感じた。

情報を扱うメディアの世界に長くいると陥る「勘違い」という特有の病が悪化しているのかもしれない。このままだとまずいと思った。評論家のまま人生が終わってしまう気がした。

今年で31になる。その焦りが、タクシーの揺れのなかで、自分の胸の奥をしずかに締め付けるような感覚があった。

環境を変えるしかない。いや、一度自分を「こわす」しかない。そう思った。

あの夜から、会社に退職を告げるまで、そう時間はかからなかった。

編集者として一から育ててくれた会社だ。特に不満はなかった。いや、どうだったろうか。

本当は、うっすら感じていた。

起業したこともない自分が、起業家の語る「ハードシングス」に、あたかも全てを理解しているかのように頷き、もっともらしい言葉を紡いでいく。その埋めようのない矛盾に。

そしてそれは、自分でサービスを作ってみなければ、到底想像の及ばない世界だということに。そんな毎日は、知的好奇心とやらを満たすには十分だったと思う。だが手触りのない世界で、自分にとって落ち着けるものではなかった。

だから自分を、強引にでも「外の世界」に出す必要があった。安定した生活、信頼できる仲間、編集者というアイデンティティ。大切だったすべてを一度、自分の手で「こわす」ことでしか、何も始まらない。そう思った。

そしていま、自らの手で価値を「つくる」側の世界に足を踏み入れている。いや、指先が触れているぐらいかもしれないが。

起業し、手探りでソフトウェアを開発し、食い繋ぐために編集の仕事で日銭を稼ぐ。特に劇的な変化などなく、なんとも泥臭い毎日だ。

だが、世界の手触りは少し違うように感じる。

はじめてサービスをリリースした日、データベースに一件のユーザー情報が登録される画面を目にした。自分の作ったサービスを、顔も知らない誰かが、使ってくれている。

その事実がもたらした静かな衝撃は、あの日の飲み会で感じた高揚感よりも、確かな熱をもって胸を満たしていた。

たしかにまだセカイに向けて、何かを「つくる」ことができているわけではない。

でも、一つだけ確かなことがある。評論家として人生を終える前に、自ら価値を「つくる」側の世界に飛び込んだ。

きっと、それだけは言えるはずだ。

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