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こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。G’s卒業生が綴るエッセイ|ペンネーム あ(ひる)さん

COLUMN

2025年秋に開催した、ジーズ10周年記念「こわそう、つくろう、ジブンを、セカイを。」エッセイコンテストに寄せられた、G’s卒業生が執筆したエッセイをご紹介します。


いつかバスボムの中身を愛せますように

「あなたは普通の人になりたいんだろうけど、いま普通の人のふりをしててしんどいならそれは向いてないと思うよ」
卒業制作で作ったアプリのスライドを作っている最中。Zoom画面の向こうでメンターさんがそう言った。いま思えばこれが、自分をこわすために自主的に斧を振り上げるきっかけだった。

子どもの頃から「きちんとしなきゃ」という意識が常に頭のどこかにあった。妹のいる長女で、母は教員、父は専業主夫だった。わたしは早くから、自分の振る舞いが両親の評価に直結すると理解していたため、問題のない普通の子のふりをするのに必死だった。

人との会話は本心を伝えるというよりも、大人を始めとした周囲の人間にとって適切な解答を述べる口頭試問のようだった。10歳時点で自分を取り繕う苦しさに気付いてはいたものの、それをやめることはできなかった。

それから時は過ぎて2021年2月。唐突だが、わたしは後に推すことになる芸人を発見した。文章のセンスとリズムが良いところに惹かれ、自由で天才で人間らしい愛嬌を持った彼の書いた文章を貪り読んだ。その中の一つに、『自分を曝け出して踊っていたら、共感する人が集まって居場所になる』という彼の生存戦略が書かれていた。「そういう人もいるんだな」というのが当時の正直な感想だった。

翌年の秋にジーズアカデミーに入学した。入学当初は不安もあったが、2週間ほど経つとここがとても息がしやすい場所であることに気が付いた。それは入学時に伝えられた「人の意見を否定しない」というルールが徹底されたコミュニティ全体の空気が大きく影響していたように思う。他にも「分からないことを分からないと言っていい」や「質問する人はえらい、それがどんなに馬鹿げたものであっても」といったことが明言されていたことも良かった。

わたしのコーディングの腕前はお粗末なものだった。しかし、わたしは初めて安心して劣等生になれる場所に辿り着けたのだ。

話は冒頭に戻る。ジーズアカデミーは卒業するために1つアプリを作る必要がある。企画からコーディング、デプロイまで行う必要があり、その際に伴走してくれるのがメンターさんである。
わたしが作ると決めたのは、推し芸人のためのアプリだ。締切1時間前に技術的な問題で提出が出来ないというトラブルに見舞われたが、わたしはもう人に「助けて」と素直にSlackに打ち込める劣等生に生まれ変わったのである。同期の「Gather(※自習や話し合いなどで普段から使っているバーチャルオフィス)に集合!」という返信がなんと輝いて見えたことか。校舎に集まっている同期や先輩の力を借りてなんとか提出ができたのは、締め切りまで30分を切った頃だった。

さて、提出が終わってもまだ次がある。GGAという投資家や企業の人事担当者を招いて行われる卒業制作発表会があるのだが、それに出るための選抜プレゼンの準備だ。

そのスライドを作っている際にメンターさんに言われたのが冒頭の言葉だった。
「一見聞こえのいい言葉を使っているけど、本音じゃないでしょ?」
恥ずかしいことに、これを聞いた時に図星とすら思えないほどわたしの感性は鈍化していた。
わたしの思考回路は相手が欲しそうなそれっぽい言葉を作るのに慣れ過ぎて、本音を言語化する機能にはブロックがかかっていた。
「違うねえ」
「まだ嘘っぽいなあ」
頭の中に浮かんだ言葉を断片的にメンターさんに投げ、軌道を修正してもらう。メンターさんは根気よく付き合ってくれた。そしてとうとうバスボムの中からおもちゃが出てきたように、わたしたちはわたしの本音を見つけた。あまりにもエゴが強すぎるため、きっと形としてはあまりきれいではないおもちゃだ。
「推し芸人が好きだから」
「ストーカー被害に遭って舞台に立てなくなった推し芸人が、彼の武器であるファンとの親近感を殺すことなく活動を再開して欲しいから」
読んでみれば「これだけ?」という内容だろう。なんてことない、よくあるファンが言ってそうなこと。でも、わたしはメンターさんの力を借りて必死にならないと捻り出せなかった。「いいじゃん」メンターさんが笑う。「人にもよると思うけどね、エゴ丸出しとかドス黒いのとか、わたしはそういうの好きですよ。人間って感じで」

他の人みたいに誰かの命を救うとか自然環境を守るとかそういうのとはレベルの違う、あまりにも利己的な理由。そんなものでもいいんだ。ちゃんとした普通のいい子じゃなくてもいいんだ。推しに出会い、ジーズアカデミーに通ったことで頑丈な殻に少しずつ入ってきたヒビ割れ。それに沿って、今度は自発的に斧を振り上げてみようと思った瞬間だった。

わたしがこわしたもの――正しくは現在進行形でこわしているもの。それはたぶん『普通でまっとうでいい子であろうとする自分』だ。同じく現在進行形で代わりにつくっているものは『自分の劣った部分も受け入れる自分』である。

とはいえ、いまこわしているものを最初から不要だったものとは見なしたくない。あのとき、あのふるまいや鎧のおかげで得られたものも0ではないと思うから。わたしはいま、尻尾を退化させるという進化の真っ最中だと思いたい。もしかしたら、いつかこわして粉々になったものも形や分量を変えれば役に立つかもしれないから。

実は、これを書きながら確実にこわしていい自分をわたしはすでに見つけている。エッセイの締め切りまであと30分。意図的ではないにしろ締切ギリギリを攻める自分。これはつくりかえた方がいい、絶対に。

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